中央競馬のためにならない話

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最終出走を勝利で飾った調教師

予告のとおり、前回記事と同様のテーマ、調教師編です。自身の管理馬を引き継ぐ調教師がいるとはいえ、引退するまでは自分の好きなように仕上げて、渾身の仕上げを施す、そんな裁量くらいはあるはず。より勝てそうな騎手を配することもできるはず。ならば最終出走を勝利で飾る厩舎は騎手よりも多いのでは、という印象で見てみました。


調教師最終出走日該当レース最終出走馬騎乗者人気
清田十一1990.2.24 阪神11Rカツヒカル 石橋守 4
田之上勲1992.2.23 小倉 9Rワンダーリゲイリア田島信行 5
布施正 1997.2.23 阪神 3Rファンドリオボッコ和田竜二 3
谷八郎 1998.2.28 阪神12Rコンクパール 幸英明 3
大沢真 2001.2.25 阪神12Rワンダフルシチー 村山明 9
瀬戸口勉2007.2.25 阪神12Rエイシンボストン デムーロ 2
高松邦男2009.12.26中山 8Rダイバクフ 田面木博公7
吉岡八郎2011.2.27 小倉 9Rファイナルパンチ 渡辺薫彦 8
高橋隆 2012.2.26 中山10Rニシオドリーム 高橋亮 1


1986年以降に調教師免許を抹消した調教師は全部で213人、最終出走で勝利した調教師はうち9人。約24人に1人と、騎手(約22人に1人)よりも若干率が低いです。
調教師の年齢からいって、騎手にはあまりない「急死」による免許抹消のパターンも少なくないことも影響しているように思います。そういう場合は、引退するから一生懸命仕上げよう、ということができませんからね。こうしたこともあってか、9人中8人は2月末の定年に伴う出走による勝利で、唯一12月の高松厩舎も、あらかじめ報じられた勇退に伴う出走ですから、定年時の最終出走に準ずる形と言えるでしょう。さすがに調教師が急に亡くなったパターンで、生前の最終出走が勝利だった、というケースは、少なくとも1986年以降ではないようです。
時期的な観点で見ると、近年減少傾向の騎手とは異なり、むしろ増加傾向と言えそう。ここ5年で4度というのは相当なペースです。この中では吉岡厩舎の勝利が印象的。それまで1年半中央勝利がないという超低空飛行で、勝てないまま解散かと思いきや低人気に反発する勝利、しかも馬名がファイナルパンチ号とは話ができすぎです。
人気面では、必ずしも上位人気というわけではないですね。1番人気で最終出走を飾ったのは今回の高橋隆厩舎が初めて。たまたまでしょうけどどの人気でも満遍なく出ており、二桁人気でもない限りは達成できる可能性がある、というように映ります。
騎手起用に最終出走への意気込みが見えるかとも思い併記してみましたが、見る限りそういうわけでもなさそう。むしろ地味目の騎手の方が多いです。最後だから一流騎手を乗せよう、というよりは、それまでの継続性とか、もともと師弟関係にあったとか、そのへんを重視することの方が多く、それがいい結果に結びついているように思います。


騎手編と調教師編の両記事から、騎手にしても調教師にしても、ラストを飾るなんてことはなかなかできないと結論付けることができそう。そう考えると、今回のニシオドリーム号の件は、「騎手の最終騎乗かつ調教師の最終出走を同時に勝利で飾る」という、この先達成される可能性がかなり低いケースだったことがわかります。調教師の父と騎手の子、という大前提があったとはいえ、除外になっていればこの系譜に名を連ねることもなかったわけで、勝つだけの力に加えて運もあった、高橋亮騎手がデビュー当時の輝きを持ったまま引退するならこの組み合わせでのラストはなかったかも、などなど考えると、様々な要素が絡み合って今回の快挙に至ったのだと思われ、何やら感慨深いです。